【トリイソース】老舗ソース屋の3代目が行う「時代の変化に合わせた」事業改革とは
ヒト 2020.02.26 by G-lip E 編集部
前編では老舗ソースメーカー「トリイソース」3代目社長の鳥居さんに、モノづくりへのこだわりをうかがいました。後編ではビジネスパーソンとしての鳥居さんのこだわりを掘り下げます。
学生時代から海外への意識が強かった鳥居さんは、カナダのブリティッシュコロンビア大学に交換留学、さらにアメリカのスタンフォード大学大学院で国際関係の学問に没頭。
卒業後は商社や外資系メーカーでグローバルな活躍。そんな鳥居さんの家業に対する思いと、地方企業が目指すべき姿についてお話をうかがいます。
〈インタビュアー:イノウエ〉
イノウエ
学生時代から、世界を見てきた鳥居さんですが、なぜソース造りに戻ってこられたのでしょうか?
自分が事業を継承するってなったときに「迷い」はなかったんですか?
鳥居さん
それが、迷いはなかったんですよね。家業を継ぐことのメリットがあって。
イノウエ
鳥居さんが3代目になって「根本的に変えた」っていうのはどんなところですか?
鳥居さん
販売チャネル、お客さんがガラッと変わりましたね。
先代のころは地元の大きな工場の食堂がメインだったんですが、今は小売店さんとか地元のスーパーが中心になりました。
イノウエ
BtoBから個人向けへ大きく舵を切ったんですね。
鳥居さん
浜松にはホンダさん、ヤマハさん、スズキさん、それに自衛隊もあったり。そういう大きな工場とそれに付随する小さな工場がたくさんあって。
そこで皆さん食堂を経営されてたんですよ。その「食堂のソース」っていうのが先代までのビジネスモデル。
イノウエ
静岡はさまざまな工場が多いですよね。
でも、なぜそこから転換を考えたんでしょうか?
鳥居さん
以前は食堂を経営していた工場も、どんどん外部委託し始めたんですよ。そうすると食材は東京で集中購買になりますから「地元のよしみで…」っていうレベルじゃなくなる。
さらに工場がどんどん海外に移転している状況からも「食堂のソース」っていうビジネスモデルが通用しなくなりました。
イノウエ
トリイソースは食堂以外にも「学校給食」にも卸していたと伺いました。
学校給食の仕入先も変わったんでしょうか?
鳥居さん
実はね、学校給食は変わってないんですよ。「自校式」っていう仕組みで、学校ごとに給食を作るので。材料を卸すメーカーは、各学校に配達するっていうのがルールになってますから、地元メーカーの強みなんですよね。
イノウエ
なるほど、今でも学校給食の売上は安定してるんですね。
鳥居さん
そこが微妙なところで、先代のころは「ソース焼きそば」が給食のメニューにあって、ソースの消費量が多かったんですよ。でも今は「焼きそばとご飯」とか「焼きそばとパン」っていうのは、栄養面でおすすめできないですよね(笑)。
イノウエ
確かに、ダブル炭水化物…(笑)。
鳥居さん
そういった理由で、給食のメニューからソース焼きそばが消えてからは、ソースの消費もだいぶ減って。
さらに少子化の影響もあってジリジリ下がっているのが現実。でも学校給食は長期的な「投資」みたいなもんなんです。
イノウエ
給食が投資ですか?
鳥居さん
給食でうちの味を知ってもらえれば、浜松で育った子供たちはトリイソースの味に違和感を覚えないでしょう?
そのために投資という一面もあるって考えてます。
イノウエ
時代の変化に合わせて、鳥居さんの代でも根本的な改革をされたんですね。
鳥居さん
よく「企業の寿命は30年」といわれるんですが、うちの会社も本当にその通りで。
先々代、先代、僕と30年ごとに全部変えていかないと生き残れなかった。時代の変化を読むことの重要性を感じますね。
時代の変化にあわせた「職人」の在り方
イノウエ
他にも鳥居さんが、経営者として時代の変化を感じていることはありますか?
鳥居さん
んー。「職人」の在り方ですね。
イノウエ
創業から90年以上の歴史があると、やっぱり職人技って大切だと思うんです。
鳥居さん
実は「職人の技」みたいなものを、なるべく無くす方向にしています。
イノウエ
え、なくす?
どういう意味でしょうか?
鳥居さん
いわゆる職人技っていう、「目に見えないところでの勝負」は諦めるようにしました。
属人的になるのではなく、もっとオープンにしていく。今の時代「この人がいないと回らない」っていう状況はもう無理だなと思ったんです。
イノウエ
それを考え始めたのは、いつ頃からですか?
鳥居さん
2年前くらいですね。職人の男性が辞めることになったのがきっかけで。面白かったのは彼が「1年後にやめます」って宣言したんですよ。
彼もわかっていたので、だからその1年で一緒に仕組みを変えようと。そこから「もう分業体制で回していくしかない」となりました。今では1人の職人だけが重荷を背負うのではなく、必ず誰かバックアップできるような体制に変更しました。
イノウエ
それって職人がいなくなったってわけじゃなくて「職人の技」が形を変えて現代の社会になじむようになったというイメージですね。
鳥居さん
そう、その中で出た結論が「雰囲気を共有する」っていうのだったんです。最初はデータや数字で管理したかったんですよ。
「数字がこうなったら、これをする」というマニュアルがあると社員も分かりやすいなって。
でもね、なかなかその通りにはいかないんです(笑)。
イノウエ
季節や天候でも、ソースづくりの条件は変わりますもんね。
鳥居さん
だから釜の状態や素材とか、みんなで「同じ絵を見る」っていう方法で。職人1人ではなく、他の社員でも同じようにやれる仕組みづくりをしてきました。
イノウエ
数字で表せない体感的なものは、そうしないと伝えていけないのかもしれないですね。
「強み」とは、今あるものから生まれること
イノウエ
トリイソースの木桶熟成はすごく特徴的ですよね。
やはりウイスキーの樽熟成のように、木の香りがソースに移るんですか?
鳥居さん
いや、実はそれはないんですよね(笑)。
イノウエ
香りを移すために木桶を使っているわけではないんですか…。
鳥居さん
お酒は杉樽で熟成することが多いんですが、そうするとお酒に杉の香りが移ります。でも残念ながらソースの場合は、ソースの香りが勝っちゃうんですよ。
木の香りよりもソースの香りのほうがよっぽど強くて。木桶を使っているのは、熟成が早くなるからっていう理由ですね。
イノウエ
熟成のために木桶を使ってるんですね。
やっぱりこの「日本で唯一の木桶熟成低温二段抽出」は代々受け継がれているんですか?
鳥居さん
実は、その名前は僕が考えたんですよ(笑)。
イノウエ
ええ?そうなんですか!
鳥居さん
もちろん木桶での熟成は大正13年からつづいている伝統の技術なんですが。実際に今でも木桶でやってるソース屋さんはあまりないでしょうね。
ただ「木桶熟成って日本で本当にトリイソースだけですか?」っていわれると、多分そうじゃない。
イノウエ
他のソース屋さんでも行っていると?
鳥居さん
うちが木桶での熟成を始めた理由は、大正時代にステンレスのタンクがなかったからなんですよ。
そう考えると昔からやってるうちみたいなソース屋さんには、たぶん木桶があるはずで。それだとうちが「唯一」だっていえないって。 だから、うちが独自で研究したスパイスの「低温二段抽出」と「木桶熟成」を組み合わせました。これだったら唯一だと。
イノウエ
やっぱり唯一と呼べる特徴が必要だったんですか?
鳥居さん
会社としてのインパクトは作りたかったですね。
よくスーパーのバイヤーさんに「それって日本で唯一ですか?トリイソースでしかできないんですか?」「もしそうであれば売りにしたいけど、他でもやってるなら売りにはならない」っていわれるんです。
イノウエ
厳しい世界ですね…。
鳥居さん
そのなかで「そうか。うちが唯一っていえるものがないなら作ればいいんだ!」って。
でも新しいことを追求するのではなく、昔からやっていることをうまく活用していくほうが価値が高まる。それが「強み」になると思ったんです。
イノウエ
原点回帰みたいなところがありそうですね。
鳥居さん
そうですね。昔やっていたことを見直すのが意外と大切になってきてますね。
ガラス瓶も昔は「重い、割れる」とネガティブなイメージだったんですけど、逆に今は世の中が脱プラスチックになって、うちのガラス瓶も脚光を浴びるようになってきたりしている。
だから今後は昔やっていたような「量り売り」とか、そういうこともやっていきたいなと考えています。
お客様の声から生まれ、地元企業の強みを生かした商品造り
イノウエ
トリイソースの商品って、今は全部で何種類くらいあるんですか?
鳥居さん
10種類ぐらいかな。これまでは僕のアイデアだったんですが、今は「お客さんの声」から生まれることが多いですね。
イノウエ
ちなみにこの「カレー専用スパイスソース」は、お客さんの声から?
鳥居さん
これはお客さんの声ですね。
イノウエ
どんな声から生まれたんでしょうか?
鳥居さん
小さなお子さんがいらっしゃるお母さんの声ですね。以前は大人用の辛口カレーと子供用の甘口カレー、両方作ってた。
でもだんだん忙しくなってくると「もう甘口だけ作ればいいや」ってなってきちゃうんですよ。うちの家庭もそうだったんです。
イノウエ
このソースを甘口カレーにかけると、大人向けの辛口カレーになるってことですか?
鳥居さん
そうそう。「かけるだけで子供のカレーが大人向けになるものが欲しい」っていう忙しいお母さんのニーズから生まれましたね。
でもいずれお子さんが大きくなって家族みんなが中辛とか食べられるようになったら、このソースの需要は終わるんですよ。
イノウエ
そうなんですね、じゃあ一時期しか必要がない、ニッチなニーズかもしれないですね。
鳥居さん
だからこそ大手さんが入ってくることも少ない、うちの強みが活かせる商品でもあるんです。
イノウエ
僕もスーパーでカレーを辛くするスパイスを見かけたことがあるんですけど「何に使うんだろう?」って不思議に思って。結局買わなかったんです。
鳥居さん
そこですよね。この商品はスーパーに置いてあるだけじゃなかなか伝わらない。「誰が何のために使うんだろう」って、それを伝えるのにすごく時間がかかってます。
でもそこが大切なのかもしれない。ソースの新しいニーズを開拓して伝えていく、それが僕らみたいなソース屋のこれからの仕事かなと思うんですよ。
まとめ
時代が変われば考え方もやり方も変わっていく、生き残るためには「時代の変化を読むことが大切だ」と教えてくれた鳥居さん。
販売チャネルやターゲットが変化しても「地元で愛されるソース屋でありたい」という信念は変わらない、そこがトリイソースの本当の強さなのかもしれません。
「変わること」「変わらないこと」の見極めは、企業の活動だけではなく、個人の人生にとっても大切ではないでしょうか。
普段は何気なく使ってしまう調味料の1つであるソース。あなたが使っているソースにも、造り手のこだわりが詰まっているかもしれませんね。